二十六日目 日記
+小+
川縁で付かず離れずの距離を置いて、なんとはなしに佇む。
一人で居ることには意味がある。趣味とはそんなものだ。
あまり夢中になると日常が窮屈になるのだけれど。
徒然に考えては、煙草をくわえて火をつける動作も無意識に。
煙を吸い込んで香りと味を堪能して暫し脱力していく身体。
不意に、視界が暗転した。
過去に視力を失った感覚を思い出して喪失感を覚える。
落ち着けと冷静さを思い出す前に、辺りの感覚があやふやになる。
誰か、いる? 此処に。
川辺の音と冷たさ、暗さや煙で流れる上空の風の強さ。
記憶を切り取ってみても、確証が持てない。さっきまで当たり前だったのに。
感覚を切り替えて匂いと温度を確かめようとして、それさえもあやふや。
代わりに夏の茹だるような暑さや、春の芽生えの匂いを思い出す感覚。
指の間に入り込んできたぞっとするくらい切ない匂い。
僕の感覚は何処にある? 僕は此処にいるのに……此処に?
意識は遠のくまるで昨日の夢のよう。
自分の重さ、自分の形全て、散漫になる。
夢幻の無限の中に取り込まれて出てこられない。
とん、と肩を叩かれるのを感じて、崩れかけた身体を踏みとどまらせる。
急激に自分の感覚が戻ってきて吐き気を覚えては涙で堪える。
耳に心臓があるような、鼓動の響く喚く煩さあの命のうるささ。
煙草を取り落としても吸い込んだ煙で喉の焼けるあの感覚。
夕日が影を焼くあの感覚。ああ、思い出せそうだ。あの匂いも。
あの夏の夕方、沈まない太陽、此処にいた、君さえも。
いつか想像を超える日を夢見ていたその瞳を。
「……大丈夫?」
煙草を取り落とし膝で堪えた涙目の姿を支えられて、顔を上げた。
恋人の顔を見て泣き笑いの表情しかできないことを後悔する。
大丈夫と返せずに、頷くだけ頷いてすぐに姿勢を正した。
「ちょっと夢を見てたんだ」
そんなことを口に出して、煙草の火を踵で消すと彼女を促して歩き始めた。
まだ宵の口。
-小-
川縁で付かず離れずの距離を置いて、なんとはなしに佇む。
一人で居ることには意味がある。趣味とはそんなものだ。
あまり夢中になると日常が窮屈になるのだけれど。
徒然に考えては、煙草をくわえて火をつける動作も無意識に。
煙を吸い込んで香りと味を堪能して暫し脱力していく身体。
不意に、視界が暗転した。
過去に視力を失った感覚を思い出して喪失感を覚える。
落ち着けと冷静さを思い出す前に、辺りの感覚があやふやになる。
誰か、いる? 此処に。
川辺の音と冷たさ、暗さや煙で流れる上空の風の強さ。
記憶を切り取ってみても、確証が持てない。さっきまで当たり前だったのに。
感覚を切り替えて匂いと温度を確かめようとして、それさえもあやふや。
代わりに夏の茹だるような暑さや、春の芽生えの匂いを思い出す感覚。
指の間に入り込んできたぞっとするくらい切ない匂い。
僕の感覚は何処にある? 僕は此処にいるのに……此処に?
意識は遠のくまるで昨日の夢のよう。
自分の重さ、自分の形全て、散漫になる。
夢幻の無限の中に取り込まれて出てこられない。
とん、と肩を叩かれるのを感じて、崩れかけた身体を踏みとどまらせる。
急激に自分の感覚が戻ってきて吐き気を覚えては涙で堪える。
耳に心臓があるような、鼓動の響く喚く煩さあの命のうるささ。
煙草を取り落としても吸い込んだ煙で喉の焼けるあの感覚。
夕日が影を焼くあの感覚。ああ、思い出せそうだ。あの匂いも。
あの夏の夕方、沈まない太陽、此処にいた、君さえも。
いつか想像を超える日を夢見ていたその瞳を。
「……大丈夫?」
煙草を取り落とし膝で堪えた涙目の姿を支えられて、顔を上げた。
恋人の顔を見て泣き笑いの表情しかできないことを後悔する。
大丈夫と返せずに、頷くだけ頷いてすぐに姿勢を正した。
「ちょっと夢を見てたんだ」
そんなことを口に出して、煙草の火を踵で消すと彼女を促して歩き始めた。
まだ宵の口。
-小-